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4 明治31年式戸籍

 明治31年に新しい戸籍法が施行されたが、これは同年に施行された明治民法の規定を戸籍にも反映するものであり、この戸籍法にもとづいて調製された戸籍は「明治31年式戸籍」と呼ばれている。
 欧米諸国では身分上の事項を記録する身分証書は存在していたようであるが、明治民法では「家制度」が制定され、家族制度を社会制度の基盤としたため、当時の戸籍法では身分関係を登録する身分登記簿と「家」を単位とする家族の組織を明らかにする戸籍簿の2種類を設けることとした。
 もっとも、身分登記簿に登録された事項の多くは戸籍簿に書き写すことになるため、手間暇をかけて2つの帳簿を管理することになったのである。
 ともあれ、明治31年式戸籍及び後述の大正4年式戸籍を読み解くためには明治民法の知識、とりわけ、「家」の概念を理解しておくことが肝要であるため、若干の解説をしておく。

(1)家

 「家」は、戸主権と呼ばれる家の統率的役割を担う身分を持つ「戸主」と、戸主の戸主権に服して戸主の扶養を受ける「家族」によって構成され(明治民法732条。条文は「戸主ノ親族ニシテ其家ニ在ル者及ヒ其配偶者ハ之ヲ家族トス」とされていた)、戸籍もこの家を単位として編成された。
 したがって、ひとつの「家」に属する者は同じ戸籍に記載されていることとなる。

 家族は戸主の意に反してその居所を定めることができず(明治民法749条)、家族が婚姻又は養子縁組をするには戸主の同意を得ることが必要であるなど(同750条)、戸主の統率的役割は広く認められていた。


 戸主の有していた戸主としての地位や権利義務(財産を含む)は、戸主の死亡・隠居等により開始する家督相続により、同じ家に属する家族の中から選定されるなどした新戸主に単独相続として引き継がれていった。

(2)分家
 家族は、戸主が同意したときは、その家から分離して新たな家を設立する「分家」をすることができた(明治民法743条)。分家をする際には、分家者の妻、直系卑属、直系卑属の妻を新たな家に入れることができた。
 分家にともなって、分家を構成する新戸主と家族を単位とする新しい家の戸籍が作られた。

(3)廃絶家再興

 廃絶家とは、廃家及び絶家をいい、再興とは、廃家や絶家となった家を再興し、新たな家を設立(再興)することである。
 なお、廃家とは、婚姻等により戸主が他の家に入るために、元の家を廃することをいう。一家創立によって戸主となった者は制限なく廃家することができたが、家督相続により戸主となった者は、裁判所の許可を得なければ廃家することはできなかった(明治民法762条)
 また、絶家とは、戸主の死亡等による家督相続が発生したにもかかわらず家督相続人となる者がいないために、家が絶えてしまうことをいう(明治民法764条)。

(4)一家創立

 一家創立とは、法律の規定により家が設立される場合をいい、父母の両方がわからないとき(明治民法733条)、非嫡出子が戸主の同意を得られないために父母の家に入ることができないとき(明治民法735条)、離婚や離縁により実家に復籍すべき者が実家の廃絶により復籍できないとき(明治民法740条)などがある。

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