過去の法律雑誌を読んでいたところ、さいたま地裁熊谷支部でおもしろい判例が出ていた。

 事案としてはこうである。 原告は、公正証書遺言によって遺言執行者に指定されていた者。 被告は、遺言執行者から相続財産である預金の払い戻しを請求された銀行である。

 そして、原告が預金の払い戻しを被告に申し入れた際、被告の担当者がこれを拒否したことが違法であるとして、原告は、不法行為に基づく損害賠償を被告に請求したのである。

 これに対し、被告は、公正証書の作成経緯やその内容からして真実性に疑問があったために預金の払い戻しを拒否したものであり、違法ではないと主張した。

 しかし、判決は、被告において、原告からの預金の払い戻しを拒否することがやむを得ないものということができる事情が存在しないといわざるを得ず、被告の行為は違法であり、損害を賠償すべき責任があると判断し、原告の請求を認めた。

 なぜこの判例が目に止まったかというと、実は、私も同じような経験をしていたからだ。 そのケースは公正証書遺言ではなく自筆証書遺言であったが、遺言書自体も裁判所の検認を受けたものであり、しかも、私が遺言書中で遺言執行者に選任されていたのではなく、裁判所から選任されていた事件であった。

 相続財産はそれほど多くはなかったが、1カ所だけ遠方の銀行に預金があることがわかり、その解約のために出張しなければならなかった。

 その際、検認を受けた遺言書、遺言執行者選任書、遺言者の戸籍謄本等を持参したが、銀行の窓口で私の印鑑証明書を欲しいと言い出したのだ。別に断る理由もないが、あいにくその日は持ち合わせていなかったので、免許証や身分証明書等のコピーを提出して「遠方から来ている。遺言執行者本人であることが確認できる筈なので、手続を進めて欲しい」と依頼した。

 ところが、銀行の対応は「印鑑証明書がないから手続ができない」の一点張りだ。

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 相手が役所であればそれもやむを得ない場合もある。 なぜなら、役所で必要な手続書類が法律で定められているのであれば、それに対して例外の手続をするわけにはいかないからだ。

 しかし、銀行と、遺言執行者である私は契約関係の当事者である。 しかも、私は「預金」という債権を持っており、銀行は、私の請求によりそれを私に払い戻す義務があるわけだ。もっと簡単に言うと、遺言執行者である私は銀行にお金を貸しているようなものだ。

 1時間ほど交渉したが、結局その日は払い戻しをすることができず、あらためて印鑑証明書を持って出張しなければならないという苦い経験があったことを思い出したのだ。

 ところで、この判例のとおりだとするとおもしろいことになる。「損害を賠償すべき」という中身は、法律的には、預金払い戻し請求の翌日から払い戻されるべき金額に対し、支払があるまで年5パーセントの割合の損害金を請求できるということになる。この低金利の時代、それも悪くないかもしれない。

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