「親父にこんな借金があるとは知りませんでした」

家庭裁判所が相続放棄の申し出を受理した旨の証明書を鞄から出しながら、精悍な顔つきの男は話し始めた。

彼の父は、妻と離婚してから男手ひとつで子供3人を育て上げ、子供たちが立派に社会に出てからはひとりで自宅に暮らしていた。
自宅と言っても、もう数十年前からの借地で、建物は15年程前に建て替えて住宅ローンが残っていた。


「まさか、高利貸からも借りているとは知りませんでした。それに、居酒屋にもツケがあったみたいです。そんな生活をしているとは知らず、親父を一人にしておいた僕たち兄弟がバカでした」


男は悔しそうに唇をかみしめた。

af9960008062兄弟は3人とも相続放棄の手続をすませたという。
相続の放棄は、自分のために相続があったことを知ったときから3カ月以内に家庭裁判所に申し出なければならない。この申し出が受理されると最初から相続人でなかったこととなる。
男とその兄弟は、自分たちで家庭裁判所へ相談に行き、手続を済ませたということだ。


「でも、そんな昔から土地を借りているなら、建物がいくら古くても借地権といってかなりの資産価値になるんですよ」
「それが、地代も滞納していたらしいのです。地主さんに挨拶に行ったら、もう半年前に契約解除させてもらったので早く土地を明け渡して欲しいと言われてしまいました」

「で、ご相談というのは?」
「その明け渡しのことなんです。地主さんが「早く」って言うんですけど・・」
「それは困りましたね。相続放棄をしたことですし、下手に手を出さない方がいいですね。それに、建物には住宅ローンの抵当権が登記されていますから、勝手に取り壊しをしてしまうと抵当権者の権利を侵害することになってしまう。だから、地主さんから明渡しの裁判を起こしてもらった方がいいと思いますよ」

「僕が被告になるのですか?」
「そうではないのですが、実は、そこが問題なのです。子供たち全員が相続放棄すると、次の順位の相続人が出てきます。お父さんの父母、つまり、おじいさんかおばあさんはご健在ですか?」
「おばあちゃんが一人だけいますが、認知症で施設に入っています。だから相続放棄もできないんです」
「いや、そんなことはありませんよ。確かに今のままでは相続放棄をすることはできませんが、後見人を選任すれば、後見人が放棄の手続をすることができます」

「そうやって相続放棄すれば、おばあちゃんも借金を免れるわけですね」
「そうです。それに、明渡しの裁判の被告になることもなりませんよ」