梅雨明けが宣言されたばかりの蒸し暑い日の午後、私は今にも朽ち果てそうな建物の玄関でぼう然と立ちつくした。

 ドアというドアは壊れ、土埃が畳に積もっており、主が不在となって久しいことは明らかだった。部屋の中にはほとんど家財道具といえる物はなく、湿った空気だけが充満していた。

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不在者財産管理人に選任されて

 不在者財産管理人は、行方不明となった者に対し、利害関係を有する者の申立てによって、家庭裁判所が選任する。この建物の共有者であるAは、1年程前から行方がわからなくなり、もう一人の共有者であるAの姉の申立てにより私が不在者財産管理人に選任されたのだ。そこで、管理すべき財産を確認するためにAの自宅を訪れたのだが、姉が見つけた通帳2冊とこの建物以外には財産と言える物はなさそうだ。

 奥のもう一部屋には布団が散らかって見えたので、「もう何もなさそうですね。切りあげましょう」と提案し、姉より先に玄関の外に出た。というか、まとわりつく湿った空気から一刻も早く解放されたかったというのが正直なところだったかもしれない。

 Aは幼い頃から知的能力が低かったらしく、また、2才の時に母が父と離婚して出て行ってしまったため、姉と二人、男手ひとつで育てられた。
 姉は早くに結婚したがAは女姓とつきあったこともなく、父の死亡後は障害者年金を受給しながら隠やかに暮らしていたらしい。そして、父の死亡により借地上の父名義の建物はAと姉の共有となったのだ。

 たまたま地主が借地権の買取りを姉に打診したことがきっかけで、Aが1年前から年金をおろすこともなく、行方がわからないことが発覚したのだった。

建物解体工事中に思わぬ事態に

 不在者財産管理人は、本人がいつ現われても本人に不利益が生じないように本人の財産を管理する必要があり、本人の財産を処分するためには裁判所の許可を必要とする。今回の地主の提案は、更地価格の半額で借地権を買い取ることに加え、建物は地主が取壊すので、現状のまま所有権を移せばいいという、破格の好条件である。


 通常であれば借地契約終了により建物収去を求められる状況である。仮に地主の提案を拒否して借地契約を継続するのであれば近いうちに建替えが必要であるところ、そのような資金を捻出するのは不可能である。


 それから半年後、借地権を売却する旨の裁判所の許可を得て、地主との契約も終わり、建物の所有権移転直後、地主は建物の解体工事に入った。ところがその工事の初日、地主から思わぬ電話が入った。「布団の下から死体が出てきた」と。

不在者が死亡しても仕事は終わらない

 死体はAであることが確認され、警察も事件性はないという判断を下した。あの時、私が奥の部屋を見に行っていたら・・・。私は身震いを抑えることができなかった。

本人の死亡が確認されたことにより、不在者財産管理人の職務は終了しそうであるが、実はそうではない。Aの相続財産をAの相続人に引き渡す必要があるのだ。

 戸籍を調べたところ、Aの母は再婚もしておらずに健在であることがわかった。したがって、母が相続人となる。幸い、母は隣の市に住所を置いていたが、電話番号がわからなかったため、私は地図をたよりに母を訪ねることにした。


ペンダントからセピア色の写真が

 母の住所地には小規模な建設会社のプレハブが建っており、引戸の向こうから近づいてきた浅黒く日焼けした顔は、還暦を過ぎた小さな体に不釣合だった。私が経緯を説明すると、母は「いくら私が逃げてきたと言っても、お腹を痛めて産んだ子が・・・」と泣き崩れた。

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 そして、暫く後、少し落ち着きを取り戻した母は、作業服の胸元からペンダントを取り出し、そこに入れてある 1センチ程の色あせた写真を私に見せた。そこには小さな子供が二人写っていた。姉からは、会いたくないから連絡先は教えないようにと言われていた。私は、公開されている書類である売却した建物の登記事項証明書を母に手渡した。そこに、姉の住所が記載されていることを承知のうえで。


 結局、母はAの相続を放棄し、借地権を売却してAが得たお金は姉が相続することになった。Aの預金を姉に引渡し、私のこの事件は終了した。


 後日、姉から、母が訪ねてきて、40年ぶりに会ったという電話があった。私を責めるような言葉はなかった。


 今年も、もうすぐ梅雨が明け、蒸し暑い夏がやってくる。この時期になると、あの事件を思い出す。